こんにちは。
ホームスクーラーのもりーです!
突然ですが、小学生1年生の算数で習う
いくつといくつ
これがとてつもなく苦手だったのが、我が家の長女です。
いくら工夫をして教えても、どうしても納得できなかった長女は「イライラ→パニック!」となるのがオチ。
私は私で疲れ果て、
普通の足し算引き算ができれば良くない?!
と、何度思ったことか・・・。
ところが!
あることをきっかけに、長女が納得できない根本的理由が明らかになったのでした。
小学1年生|娘が算数の学習で苦しんだわけ
よくあるこんな問題。
8にするには3といくつ?
多くの方の頭には、5という答えが浮かぶのではないでしょうか?
ところが。
え?なんで5なの?
と言っていたのが、当時の娘です。
それに対して、
5+3は8でしょ?
と私が説明すると、
うん。
と、首を縦に振る娘。
※「だよね?だから~」と、前の問いに戻ると「え?何で?(怒)」と娘。(リピート)
こんな終わりのないループが、永遠と続いていたのでした。
娘のつまずきポイントを探った方法
まずここで、過去の私のブログを引用してみます。(加筆修正あり)
学校での算数は、おはじきなどを用いて学習することがほとんど。バラバラであるおはじきは、彼女にとってはいくつもの答えのパターンを見つけることができるため、かえってそれが彼女の思考をややこしくしていた。
私の過去のブログより
算数のおはじき|見えてきた盲点
つまり、娘の脳内には、とっくに「5」という数字は浮かんでいたということです。
しかし娘の中では「それが答えである」という思考になってはいなかった。
なぜなら、
おはじき(=バラバラの集合体)である5は、3と2でもあるけど、4と1でもある
というわけなのでした・・・・!!!
これが判明した時、
なるほどー!そういうことだったのか・・・!
と思ったのと同時に、私自身の思い込みの強さを思い知らされたのでした。
算数は答えが1つである。
それは確かにそうなのです。
答えのマスだって、1つしかありません。
とは言え、
娘のような捉え方をするが故に納得できない子どもがいるのも事実なのです。
1つの答えをスムーズに出せなかったからと言って、
1つの答えをスムーズに出せなかったからと言って『算数が苦手な子』と、大人が勝手に認識するのは危険なことだと思い知らされました。
算数棒|発達障害の娘の救世主
この時大いに役に立ったのが、モンテッソーリの教材である算数棒。
1~10まで、その数を表す棒が並んでいるのです。
つまりこのように、
『5』の集合を表す棒も1本。
例えば「8は5といくつ?」という問いの場合。
この時、答えである8の棒に対し、5の棒を置いておきます。
すると答えは、
3の棒が1本でしょ?
と、それまでが嘘だったように、すーーーーっと理解に至った娘。
「こたえは1つである」というその意味が、ようやく理解できたのでした。
まとめ
子どもの「できない」の理由は、実に様々です。
そして、その原因を突き詰めることは、非常に困難なことだと思っています。
大人がムキになって教えようとすればするほど、事態はややこしい方向へ。。。
ここに盲点があると私は考えています。
それは、
自分の理解の仕方と子どもの理解の仕方は、必ずしも一致するとは限らない
という、そもそも論。
ここがつい、置き去りにされがちなのだと思うのです。
相手が我が子となると尚のこと、距離感が近いが故に「何でわかないの?」と、つい感情的になってしまうもの。
感情的になればなるほど、相手のことを考えるまでのゆとりはなくなります。
その負の感情はどこかでリセットしない限り、
- 不安になる
- どんどん不安が膨らむ
- 「このままできなかったらどうしよう」と不安がさらなる心配を呼び込む
という負のループにハマることに。(これはかつての私)
そんな私が今、思うことは
子どもの学習について、親が背負いすぎなくても良い
ということです。
苦手なことや難しいことであれば、
子どもに素直に打ち明け、わらかないままにしておく放置力
もある程度必要だと思います。
親が背負う負担が軽くなれば、いつの間にか感じているプレッシャーからも開放されます。
そうしてちょっとでも肩の力が抜けることで、子どもとの関係性も、都度、立て直していくことができます。
親にだってできること・できないこと。得意・不得意
があるよね!
というわけで。
こんな過去の私の体験が、どなたかのお役に立てましたら幸いです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!
それではみなさまごきげんよう♬